2回目の流産のあと、私は「不育症」と診断されました。
でも正直なところ、そのときの私はそれほど落ち込みませんでした。
「不育症」という言葉を聞いたとき、多くの人はきっと絶望するかもしれません。でも私には、なぜか「自分で変えられる」という感覚があった。
これはただの強がりではありませんでした。
この記事では、その理由と、診断から出産までの心境の変化を書きます。
「不育症」と言われた日のこと
2回目の流産のあと、医師から「不育症」という言葉を告げられました。
2回以上流産を繰り返すことを不育症と言います。原因はさまざまで、染色体異常、血液凝固の問題、子宮の形態異常などが挙げられますが、原因が特定できないケースも多くあるようです。
告げられたとき、私は意外なほど冷静でした。
「診断名がついたからといって、何かが変わるわけではない」——そう思ったのです。
流産した事実は変わらない。でも、これからどうするかは自分次第だとも思いました。
なぜ落ち込まなかったのか
不育症と診断されても落ち込まなかった理由は、3つありました。
① 「状態」であって「体質」ではないと思えた
不育症という言葉は、まるで生まれつきの欠陥のように聞こえます。でも私は、それは「そのときの状態」に過ぎないと考えました。2回たまたまうまくいかなかっただけで、自分の体が根本的におかしいわけではない、と。
② 自分で変えられることがあると知っていた
私には以前、食生活を見直したことで体が変わった経験がありました。その経験があったからこそ、「卵子や精子の質は整えられる」という話を聞いたとき、素直に信じられました。
③ 同じ経験をして出産した人たちの声を知っていた
ネットで「3回流産を繰り返したけど、4回目は無事に生まれた」のような声を複数見ていました。1人ではなく何人も。それが、私の中の確信になっていました。
診断後に変えたこと、変えなかったこと
不育症と診断されてから、私が変えたことと変えなかったことがあります。
変えたことは、食事と生活習慣のさらなる見直しでした。トランス脂肪酸を控え、鉄分・葉酸・タンパク質を意識して摂るようにしました。具体的な取り組みについては別の記事に詳しく書いています。
変えなかったことは、気持ちの持ち方でした。「絶対に妊娠する」と必死になるのではなく、「できることはやる。あとはなるようになる」というスタンスを崩しませんでした。
執着しすぎないこと。でも完全に諦めないこと。——この両方を同時に持つことが、私にはいちばん合っていました。
3回目の妊娠がわかったとき
診断から約1ヶ月後、3回目の妊娠。
検査薬も使わず、病院にもすぐには行きませんでした。2回の経験が「待つ力」を育ててくれていたからです。出血が10日間続いても、つわりが続いても、どっしり構えて過ごすことができました。
そして14週直前、初めてクリニックへ行ったとき——画面の中で動く赤ちゃんを見て、涙が止まりませんでした。
「お腹の中でちゃんと生きてくれてるんだね。大きくなってるんだね。」
「ここまで来てくれた。本当にありがとう。」
あのときの感激は、言葉では表しきれません。
今日からできること:診断名に縛られない
不育症と診断されると、その言葉に縛られてしまうことがあります。「また流産するかもしれない」という恐怖が、妊活そのものをつらいものにしてしまう。
でも診断名は、あくまで今の状態の説明に過ぎません。
「不育症は終わりではなく、通過点かもしれない」——そう思えるだけで、次の一歩が少し軽くなります。
食事や生活習慣の見直しで体は変えられます。私が実際に取り組んだことは、以下の記事に書いています。よかったら読んでみてください。
▼ 妊娠中の栄養が気になる方はこちら
不育症と診断されたけど、妊娠できました。
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高齢と言われても授かるために。40歳夫婦の”若返り”生活
まとめ:不育症は、私の終わりではなかった
2回の流産、不育症の診断、そして3回目の妊娠と出産。
振り返ると、診断されたあの日も、私がやっていたことは変わりませんでした。もともと続けていた食事や生活習慣の取り組みを、ただそのまま続けた。特別なことを始めたわけではなく、日々の積み重ねをやめなかっただけです。
同じように不育症と診断されて悩んでいる方へ——そこで立ち止まらないでほしいです。できることは、まだあります。
流産から出産までの体験談はシリーズで書いています。合わせて読んでいただけると、流れがつかみやすいと思います。
妊娠体験談①|初めての妊娠と悲しかった1度目の稽留流産
妊娠体験談②|2度目の稽留流産と、「不育症」の診断。
2回流産後の3回目。検査薬も使わなかった理由。
※この記事は私個人の体験をもとにしています。不育症の原因や治療方針は個人によって異なります。詳しくは必ず医療機関にご相談ください。