家から一歩外に出ると、ジロジロ見てくる人っていますよね。
電車やバス、お店の中、街中を歩いているとき。見られる方からしたら、不快極まりない。
しかも、誰かに話を聞いてもらいたくても、「自慢してるの?」「自意識過剰じゃない?」と受け取られかねなくて、結局ひとりで抱えるしかない。吐き出し口がないのって、本当に辛いもの。
この記事に辿り着いていただいたということは、きっとそんな思いを抱えていらっしゃるのかな、と思います。
一体、ジロジロ平気で人を見てくる人の心理ってなんなのでしょうか。そして、どう対処すればいいのか。一緒に確認していきましょう。
私自身、長いこと「見られる側」でした。これは、その蓄積から見えてきた考察です。
(一部、歯に衣着せぬ言い回しもありますが、ご了承ください)
そもそも、人はなぜジロジロ見てくるのか
用もないのに通りすがりの人を見てくるのは、基本的に、欲望か嫉妬。
失礼だし、その神経には、うんざりするもの。はっきり言って、気持ち悪いし、カッコ悪いですよね。
では、なぜ「あなたが」見られやすいのか。
人も動物。異性は異性としての魅力に、同性はライバルとして、フェロモン——としか言いようのない何か——を察知します。
スタイルの良さだったり、立ち姿や雰囲気だったり。いわゆる「オーラがある」と言われるようなもののことです。
人からジロジロ見られやすい人は、平均以上のフェロモンが出ているのだと思います。たとえ美人でも、色気のない人は人の意識に止まりにくく、ジロジロ見られることは少ない。逆に、普通な感じの人でも、フェロモンが多ければ人の目に留まりやすい。
フェロモンが出ているということは、生物として魅力的な証拠。つまり、ジロジロ見られやすいあなたは、それだけ人を惹きつける何かを持っているということです。
本来なら、とっても喜ばしいことのはずです。でも、それが原因で不快な思いをする機会が増えてしまうのは、やっぱり嫌ですよね。
では、その本音を男女別にさらに詳しく見ていきましょう。
ジロジロ見てくる男性の心理
ズバリ、あなたのことを性的対象として捉えているからです。
視界に入った女性に性的魅力を感じると、その女性の顔を確認したくなります。シルエットで「お!」と思い、顔を見て、顔を確認したくなるのです。言えば、下心。多くの場合、その人に話しかけるわけでもなければ覚えているわけでもないのですが。
顔を見て、まず確認できたことに満足し、そして相手が自分好みなら、よりいっそう満足するのです。
たとえば、こんな場面
たとえば、電車に乗った瞬間に男性陣からバッと視線が集まる一方で、ご年配の方や女性はそれほど見てこない、という経験はありませんか。あるいは、歩いていると後ろから来た自転車が何度も振り返ってくるのに、少し先を歩くおばあさんはスルー、なんていうことも。まさに「異性としての魅力に反応している」からこそ起きることです。わかりやすすぎて、笑ってしまいますよね。
こんな男性に多い印象
一言でいうと——出会いに飢えている人です。
あくまで私の経験上の印象ですが、たとえば建築現場のような、男性ばかりの環境で働いている人に特に多い気がします。早くに結婚して、お子さんもいて——だからこそ、他の女性への興味が強いのかもしれません。もちろん、独身の人も、バツイチの人もいますよ(って、バツイチも独身ではあるんですけどね)。よく言えば本能のまま、悪く言えば配慮なしに、女性を見てくる感じです。
そして、おそらく彼らの多くは、自分自身が「見られる存在」であったことがないはずです。だからこっそり見たつもりでも、相手にはそれがバレています。
もし顔が確認できなさそうなら、わざと咳や咳払いをして、こちらを見させようとしてくる人もいます。あの手この手で、顔を見ようとしてくるのです。見たい、出会いたい。しかしその思いとは真逆に、残念ながら、好意的に受け取られることはまずありません。
裏付けとなる、筆者の直近事例
実際、こんな経験は、これまで数えきれないほどありました。都心に住んでいた頃は、毎日電車に乗っていて乗り換えもあったので、それこそ毎日のように。
ただし、ここは強調しておきたいのですが——「私がイケてる」と言いたいわけではありません。見られる側には日常的によく起きているのに、見る側からは気づかれにくい。そのことが伝わる事例として、読んでもらえたらと思います。
ということで、ここでは最近の中から、パッと思い出せるものだけをいくつか。
旅行先で彼とお土産を見ている中、視線をずっと感じていました。確認のために見ると、バッチリ目が合いました。見た目は普通の男性が、盗み見るような目でこちらを見ていたのです。その後もチラチラと見てくるので、隣にいた彼に「あの人、ずっと見てくるんだけど」とわざと嫌な顔をしながら言うと、やっと見なくなりました。思い返せばその人、直前の駐車場でも、車の助手席に乗っている私をずっと見ていた人だったんです。周りには他にもたくさんの人がいたのに、なぜ私ばかり見るのか。故意に見ていたとしか捉えようがありません。
ドラッグストアのレジでも、ありました。先にレジを終えて袋詰めをしていた男性が、振り返って、レジ中の私を2度見ならぬ3度見。普通、そんなことをするでしょうか?袋を詰めて早くお店を出ればいいのに。
あと、また別の日ですが、同じくドラッグストアで、今度は私が袋詰めをしていたときのこと。横で袋詰めをしていた男性の視線を感じて、顔を見られないように角度を意識して、キャップも深く被っていました。すると、その男性、お店を出ていくときに振り返って、ガラス越しに私の顔を見てきたんです。そして、満足そうに帰っていきました。……怒りで、噴火しそうでしたね。
ジロジロ見てくる女性の心理
一方で女性。羨ましいか、嫉妬か。この2つに分かれます。
例えば「あんな体型羨ましいなぁ」のように見惚れているならまだしも、僻みで見てくるならたまったもんじゃありませんよね。攻撃的な視線も、本当に不快なものです。
同性の顔を見るとき、彼女たちは大体、「自分より可愛いか、綺麗かどうか、イケているか」を測っています。無意識にでも自分の立ち位置を確認したくてたまらない。「勝った」と思いたいし、「負けた」と思いたくない。値踏みするような目で見て、自分が負けていると感じたら、今度は攻撃的な目になる。コンプレックスが、視線に滲み出ているのです。要は、ライバル心がメラメラということです。
「たまたま」か「意図的」か
しかも女性の場合、男性と違って、こっそり見ようとする人が多い印象です。でも、よく見られる人にはバレています。
たまたま視界に入っただけとか、知り合いかなと思って確認しただけなら、数秒で済むはずです。それ以上見てくるのは、それら以外の目的がある、つまり意図的に見ているということです。
そして女性は特に、目が合うまで見てくる傾向があります。目が合わなければ、目で追ってくる(バレていないと思っている)。目が合うと、パッと逸らして、その後はもう見てきません。バレるまで(とっくにバレているけど)存分に見れて、満足するのかもしれません。
逆に、スルーしたままでいると、いつまでも平気で見続けてきます。見ているのがバレていないと思っているから。
こんな女性に多い印象
一言でいうと——自分に自信のない人です。
こちらも、私の経験上の印象ですが、例えば、痩せたいのに痩せられない。頑張って可愛く・綺麗になろうとしているけれど、認められていない。モテたいのに、モテない。——そんな人に多い気がします。
「イケてる自分でありたい」のに、周りにそう評価してもらえない。だから、人と比べて、自分の立ち位置を確認したくなる。
だからこその、嫉妬なんですよね。
そんな彼女たちは残念ながら、見られる側の気持ちを想像する機会も、それがどんなに卑劣な行為なのかを理解する機会もないまま、ここまできてしまったのでしょう。
裏付けとなる、筆者の直近事例——公園で
これも最近の話です。両親と娘と小さな公園に行ったとき、すぐあとから来た家族連れの、お母さんらしき人から、ずっと視線を感じました。気のせいだと思いたかったけれど、30秒程たっても顔がこちらを向いているのが視界の端でわかる。確認の意味でパッと見たら——口角は上がっているのに、目は嫉妬の色をしていました。目が合うと視線を外して、それきり見てこなくなりました。目が合った瞬間に、満足したのかもしれません。私の顔を、正面から見たかったんでしょうね。本当に気持ち悪かったです。
見るなら、娘や他の子どもたちを見ればいいのに。一緒にいた両親でもなく、私なんですよね。
女性の場合はこういった感じが非常に多い印象です。
見られて不快になるのは、自意識過剰じゃない
正直に言うと、昔は私も、人に見られるのが嬉しかった時期があります。「私、イケてるんだ」って思えたから。
それが変わったのは、いろんな環境で、いろんな人たちと出会ってきたからです。特に大きかったのは、水商売で働いた経験かもしれません。男性の下心が、丸見えになる環境です。お店の中だけではなく、その頃の出会いや人付き合いも含めて——男性が普段からどんな目で女性を見ているのか、手に取るように理解できるようになりました。普通そうに見える人でも、実際はこんなことを考えているんだ。年齢なんて、関係ないんだ。——そんな気づきの、蓄積。
その蓄積の結果、「お金を払わないのに、欲を晴らそうとするなよ」という気持ちも湧きました。
女性のほうは、うわべだけの付き合いや、裏切りに傷ついた経験から。それに、普通に歩いていただけ、お店で商品を見ていただけなのに、知らない女性から嫉妬の暴言を吐かれたことも、一度や二度ではありません。
もちろん私も初めから怒っていたわけではなく、スルーできていた時期もあります。というより、無感情だったため。——で、そんな私に真っ先に戻ってきた感情が、怒りだったんです。用もないのに見られることに気持ち悪さを感じ、まるでセクハラを受けてる感覚。だから、見られることに怒るようになりました(久々に沸いた感情だったので嬉しかったし大切に思っていました)。
(なぜここまで「アウト」と言い切れるのか——その理由は、用もないのに他人を見るのがアウトな理由——「見てくんじゃねぇよ」と言っていた頃の私に、当時の本音のまま詳しく書いています)
見てくる人ほど、「自分は見られていない」と思っている
彼らは「ただ見てるだけ」「目が合っただけ」と言うけれど、それは自分たちが人の目にとまりにくいからこそ出てくる考え。なぜなら見てくる人ほど、”自分が見られていない”という前提で無意識に生きているからです。
見られる側からすると、「自分は見せ物じゃない」「他人を使ってタダで欲望を叶えようとするな」と感じるので、心穏やかではありませんからね。
ひとつ、面白い見分け方があります。街を歩いていて、芸能人によく気づく人っていますよね。あれは、日頃から人を見ている証拠です。人のことを見ない人は、芸能人にすら気づきません。
なぜ「こっそり」がバレるのか
それでも、見て堂々と話しかけてくるなら、まだいいんです。問題なのは、こっそりバレないと思って見ていること。しかも男性は——おそらく、相手の裸まで想像していると思いますよ。
でも、残念でした。そのこっそりは——バレています。
「見られやすい人」には、ある種の”嗅覚”が育ちます。あの人は見てきそう、あの角度から視線が来そう、など相手はこちらに気づかれていないつもりでも、なんとなくわかってしまいます。というか、本当にバレバレなんです。視界に映り込んでくる顔の角度、身体のわずかな動きや雰囲気で、「見られてる」って簡単に察知されているんですよ。
本人は「こっそり見てるつもり」かもしれませんが、よく見られる人は、その”こっそり”に気づくプロですから。
見られやすい人ほど、人を見ない——愚行を避け、スマートでありたいから
そして興味深いことに、見られやすい人ほど、他人の顔を無意味に見たりしません。
結論から言うと——「そっち側」になりたくないからです。
もちろん、見たら相手に伝わるとわかっている、というのもあります。見られる経験が少ない人は、他人を見ることを軽視しがちです。でも見られやすい人は、視線ひとつが相手にどう伝わるか、どう影響を与えるかを、身をもって理解しています。見たら気づかれるし、お互いに気まずい。「自分は疑われるようなことをしたくない」という意識も、自然と働きます。
でも、それ以上に——ああいう軽率な視線に、堕ちたくない。
魅力的な人ほど、街中を颯爽と歩いていませんか?そういう人たちは、人と比べてどうとか思っていません。いつも自分を基準に判断し、堂々と生きています。
だからこそ、視線を慎む。スマートな人間でありたいのです。
ジロジロ見られるときの対処法
ここまで書いたとおり、見てくる人は「自分は気づかれていない」と思い込んでいます。見られ慣れていないので、視線がバレる角度や雰囲気も、それが愚行だということも、わからないのです。だからこそ、「気づいてますよ」と伝わるアクションが一番の対策になります。
①つば付きの帽子やサングラスをかける
つば付きの帽子なら、見られそうなときに自由に顔を隠せます。見てくる人は特に「目」を見たがるので、サングラスで目を隠すだけでもかなり違います。逆にマスクは目が見えてしまうので、マスクだけではあまり効果がありません。
②距離があるとき:荷物で顔を隠すか、横を向く
これも「気づいてますよ」のアピールになります。リスクが低く、万が一相手が何か言ってきても言い逃れができる方法です。
実際に、この方法で防ぎきった事例を一つ。コンビニのレジ待ちで、前にいた男性がふと後ろを向いたときに私に気づき、そこからしきりに、右へ左へ向きを変えて顔を見ようとしてきました。私も角度を変えたり、少し移動したりでかわし続け——その人の会計が終わって出口に向かうとき、「きっと振り返ってくる」と予想して、レジをされながら視界の端で注視。案の定振り返ってきたので、見られる前にカバンでバッと顔を隠しました。もう通り過ぎただろう、というくらいまでそのままキープ。カバンを外して確認したら、いなくなっていました。作戦成功でした(笑)
③近距離のとき:「どうされましたか?」と話しかける
そんな相手と話したくないし、目も合わせたくないですよね。でも、相手は気づかれていないと思い込んでいるので、はっきり伝わるアクションが一番効きます。毅然とした態度で大丈夫です。
(実際に、ジロジロ見てきた子に「何?」と返して気づかせた実例は、ジロジロ見てきた子に「何?」と返した話——攻撃ではなく、「気づかせ」に書いています)
「無視が一番」とよく言いますが、それはその場しのぎに過ぎません。無視し続けても、ストレスは無意識に積もっていくし、無視で被害が減ることもありません。相手は「気づかれていない」と思ったままだからです。まず、気づいてもらうこと。それが第一歩です。
ただし、ここで言うアクションは、普通に生活している、常識の通じる相手が前提です。話が通じなさそうな相手や、様子がおかしいと感じる相手には、アクションよりも先に、距離を取ってください。近年は何かと物騒ですから。自分の安全を守ることが、何よりも最優先です。
さいごに:視線は、思っている以上に力を持つ
結局のところ、視線というのは思っている以上に力を持っています。扱い慣れていない人ほど、無頓着で無自覚です。
そして皮肉なことに、本人に悪意がない場合がほとんどです。でも、無知は罪。いくら無意識であろうとも、品定めされたら誰だって不快になります。基本的に、人の顔をジロジロ見るのは、よくない行為なのです。
考えてみれば、日本では昔から「人をじっと見ることは無礼」とされてきました。大名行列では、庶民は頭を下げて、顔を上げてはいけない。無礼とみなされれば、その場で斬られても文句が言えない——そんな時代さえあったのです。さすがに極端ですが、人の顔を興味本位(欲)で見ようとすること自体、本来は失礼な行為なんですよね。
けれど、よく見られてきた人たちは知っています。用もないのに他人を見ることは愚行だということを。だから軽はずみに人を見ないのです。
同じ思いをしている方の心が、少しでも軽くなれば嬉しいです。
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