たとえば、派手なメイクをしている人を見て「軽そう」と決めつけたり、ブランド品を持っていない人に対して「経済力がない」と勝手に見下したり。
そんな人、あなたの周りにもいませんか?あるいは、自分自身がされたことがあるかもしれません。
見た目で態度を変える人は、世の中に想像以上に多い。でも、私は思うのです。そういうとき、その人の目は“今”しか見ていないと。
見た目は、その人の「現在地」にすぎない
人の見た目というのは、あくまでその人の「現在地」にすぎません。
そこに至るまでに何があったのか。どんな経験をして、どう変わってきたのか。見た目からはわからないものが、山ほどあります。
見た目で態度を変えてしまうとき、人はその“物語”を想像していません。他人の背景を思い描く想像力が、一瞬お休みしている状態なんだと思います。
自分が変化した経験がないと、人の変化も信じられない
私もかつては「派手」と呼ばれる側にいました。見た目も言動も、今の私とはまるで違っていました。
どれくらい違っていたかというと——例えば当時は、どこかの会社に電話をかける時も、かかってきた電話に出る時も、百貨店の店員さんになどにも、あらゆる場面でタメ語でした。敬語という概念が、そもそもなかったのです。
「若くてお人形みたいな私は、世間の常識から外れていてもいい。見た目通りでいいじゃん。みんな可愛く見てくれる」——たぶん本気で、そう思っていました。今こうして書いていて、我ながらひどい話ですが。
けれど、そこから私は何度も何度も変化してきました。だからこそ思います——人は、いくらでも変われると。
逆に言うと、自分自身が大きく変わった経験がないと、他人の過去や変化を想像するのは難しいのかもしれません。「今この瞬間の姿=その人のすべて」に見えてしまう。
こんなことがありました。
以前、お堅めの職場で働いていた頃。当時の私は黒髪のボブで、化粧もほとんどしていませんでした。
ある日、久しぶりにカラーリングをして、少しだけ茶色にしました。髪色の規定がある職場だったので、暗めの茶色です。すると周りの人たちがびっくりして、そのうちの一人から、こう聞かれたのです。
「どっちが元々の〇〇さんですか?」
私は昔はカラーリングしているのが基本だったので、「もともとよく染めてたよ」というような返事をしました。でも内心は——「どっちも何も、ただ同じ人間が髪を染めただけなのに」。正直、不思議な質問だなと思ったのです。
私自身は、人の髪色で何かを判断することがありません。自分が散々染めてきたからです。でもその人たちにとっては、黒髪で化粧をしない私だけが「元々の私」で、それ以外の私は想像外にあったんですね。
今の姿だけが、その人のすべてに見える——まさに、あの状態だったのだと思います。
ちなみにこの職場に限らず、髪色を変えるたびに「意外〜!」という反応をされることは、何度もありました。私はこれまで、環境がよく変わってきました。そして、それぞれの場所の人は、その場所での私しか知りません。だから、少し変えただけで驚かれる。そのたびに、同じことを思っていました。
誤解のないように書いておくと、人の変化に気づいて言葉にすること自体は、むしろ素敵なことだと思います。私も誰かの変化に気づいたら、「似合ってますね」「いい色ですね」と伝えるようにしています。
気づいた変化を、決めつけの材料にするか、贈る言葉にするか。同じ「気づき」でも、そこが分かれ道なのだと思います。
私自身、変わる前は、人を見た目で判断していた側だったかもしれませんし、偉そうなことは言えません。でも、変わる経験をしたからこそ、見えるようになったものがあるのです。
「肩書き」で態度を変えるのも、同じ構造
見た目だけではありません。肩書きや知名度で態度を変えるのも、実は同じ構造です。
昨日まで見向きもしなかった人が、有名になった瞬間に「会いたい」と言われるようになる。それは、その人の中身が評価されたのではなく、“肩書き”に反応されているだけかもしれません。同じ人なのに、有名かどうかで態度が変わる——見た目で態度を変えるのと、まったく同じことが起きています。
キャバクラが“特別”に見えるのは、裏側を見ていないから
たとえば、キャバ嬢という「役割」だけを見て人を語る人がいます。
「キャバクラ行こう〜!」と盛り上がる人たちにとって、あそこはきっと“特別な場所”で、そこにいるのは“特別な女性”なのだと思います。
でも、裏側を知っている人から見れば、景色はまったく違います。普通の女性が、お化粧をして、ドレスを着て、髪を綺麗にセットして、接客の仕事をしているだけ。出勤して、働いて、休憩して、帰る。その辺ですれ違う人が、たまたまあの空間にいる——それだけなんです。
表側しか見えていないから、特別な場所に見えるし、特別な女性に見える。それは、無理もないことなのかもしれません。
(ちなみに私は密かに思っています。そう思っている男性こそ、一度ホストとして働いてみたらいいのに、と。夜のお店が“夢の場所”ではなく“日常の職場”だと、きっとすぐにわかるはずです。)
お店での姿は“そう振る舞っている”だけで、舞台裏ではごく普通の人。そもそも生まれたときからキャバ嬢だった人なんて、いません。生活のため、夢のため、何かを得るためにその仕事を選んだ、一人の人がいるだけです。
役割や肩書きの向こう側にいる「その人自身」を見ようとするかどうか。そこに、その人との本当の関係が生まれるかどうかの分かれ目がある気がします。
見た目の向こう側を見る力を持てるか
人の背景を想像し、見た目の奥にある物語を感じ取ること。それができる人こそ、成熟した人だと私は思います。
今だけ、見た目だけを切り取って評価するのではなく、
「この人には、どんな過去があったのか?」
「どうしてこの見た目を選んでいるのか?」
そう考えることが、人を尊重するということではないでしょうか。
もしあなたが今、自分の過去を乗り越えてきた実感があるのなら、きっと他人の変化にも目を向けられるはずです。
自分の深さに気づいている人は、人の深さにも気づける人、なのですから。
▶︎化粧しないって失礼?その思い込み、もう手放していい。
▶︎人の顔をジロジロ見てくる人の心理。「見られ慣れていない人」ほど見てくる理由
▶︎ジロジロ見てきた子に「何?」と返した話——攻撃ではなく、「気づかせ」