2回の流産を経験したあと、3回目に妊娠したとき、私は妊娠検査薬を使いませんでした。
病院にもすぐには行きませんでした。
おかしいと思う方もいるかもしれません。でもそれは、2回の流産が私に教えてくれた、私なりの判断でした。
「不安」という言葉では少し違う。「覚悟」とも少し違う。
あえて言葉にするなら——「なるようになる、もうなんでも来い」という感覚でした。
この記事では、そこに至るまでの気持ちの変化と、3回目の妊娠中に私が意識したことを書いています。同じような経験をされている方の、何かひとつのヒントになれば嬉しいです。
生理が来ないのに、確認しなかった
「生理が遅れているだけだろう」
3回目に妊娠したとき、最初はそう捉えるようにしていました。妊娠を期待してしまうと、また辛くなる。そのことが、2回の流産でよくわかっていたから。
おりものの変化や胸の張りから、体のサインには気づいていました。でも市販の妊娠検査薬を手に取ることは、しませんでした。
期待を持つことが、怖かったのだと思います。
1回目の妊娠がわかったとき、私は素直に喜びました。でも流産した。2回目も同じでした。3回目は、最初から「喜ぶ」ということに、ブレーキがかかっていた。
検査薬で陽性を確認するという行為は、妊娠という現実を正面から受け取ることでもあります。それを、しばらく保留にしたかった。
問題の本質:「なんでも来い」はやけではなかった
流石に生理が1ヶ月来なく、ついに妊娠していることを理解したとき、私の中にあったのは「なるようになる。もうなんでも来い!」という感覚でした。
投げやりに聞こえるかもしれません。でも、これはやけではありませんでした。
2回の流産を経て、コントロールできないものを受け入れる練習が、知らないうちにできていた。
1回目の流産では、自分を責めました。2回目も同じ。でも3回目の妊娠中は、そこにとらわれなかった。
稽留流産は多くの場合、胎児側の染色体異常が原因と言われています。母体がどう過ごしても防げないことがある——それを、頭だけでなく体で理解できたのだと思います。
原因を3つ、整理してみる
なぜそういう心境になれたのか。今振り返ると、3つのことが重なっていたと思います。
① 病院に行かないという選択が、自分を守っていた
これまでの2回は、病院で診てもらった直後に流産してしまいました。もちろん偶然だとは思うのですが、私の中ではジンクスのようになっていました。
それだけでなく、医師から伝えられる情報が年齢的なリスクの話ばかりで、行くたびに余計な不安が増えてしまうこともありました。
3回目は、まず「静かに自分の体を観察する」ことを選びました。何かあれば受診する。でも今は、自分の体のサインを信じて待つ。
「情報を受け取りすぎない」という選択が、精神的な安定をつくっていました。
② 時間の計算が、感情より先に動いていた
3回目の妊娠中、頭の片隅にあったのは現実的な計算でした。
40歳という年齢。もしこれも流産になるなら、次の妊娠を目指せるのはいつか。生理が戻って、排卵を待って、タイミングを取って——また数ヶ月かかる。
感情で不安がるより前に、算数が動く。これが40代で繰り返し流産を経験することのリアルだと思います。感情を消耗しきった先に残ったのが、こういう現実的な視点でした。
③ 過去の経験が、冷静な判断力をくれていた
出血が始まったとき、私は慌てませんでした。
生理かもしれないし、流産なのかもしれない。「現実はいくらでもなんでも来い!」という気持ち。
経験がなければまた絶望していたかもしれない。でも2回の流産が、この気持ちを作ってくれました。
流産はつらい経験が、たしかに何かを育てていた。
私がたどり着いた向き合い方:検索しない、構えすぎない
3回目の妊娠中に意識したのは、「検索魔にならないこと」でした。
不安なことが起きるたびにスマホで調べると、最悪のケースばかりが目に入ります。でも何を調べても、流産するかどうかはわからない。
それより、どっしり構えて、ゆったり元気に過ごすことの方がずっと大切だと感じました。
「基本的に妊娠はうまくいく」——そうどっしり構えていること自体が、3回目の私を支えていたと思います。
1回目・2回目には前向きに調べることができなかった「胎児の大きさ」や「栄養のこと」を、今回は普通に調べられるようになっていました。検索ワードが変わったことに、自分でも驚きました。
今日からできること:体のサインを読む力を育てる
流産経験があると、妊娠初期の些細な変化にひどく敏感になります。ちょっとした腹痛、おりものの色——そのたびに不安になって検索してしまう。
でも、検索よりも先に「自分の体がどんなサインを出しているか」を観察する習慣が、長い目で見ると助けになりました。
例え出血があっても、「なるようにしかならない—」—そういう冷静な気持ちが、必要以上に怖がらないことにつながります。
それは2回の流産があったから、身についたことでもあったのかもしれません。もし今、妊娠初期の不安の中にいる方がいたら、必要以上に検索しすぎないこと、体の変化を静かに観察することを意識してみてください。
気力をなるべく使わず過ごすための生活の工夫については、別の記事でも書いています。([関連記事リンク])
まとめ:2回の流産は、たしかに何かを育ててくれた
結局、初めてクリニックに行ったのは14週に入る直前でした。それまでの間に少量の出血が10日ほど続いたり、6週から9週いっぱいまでつわりがあったりと、体の変化はずっと感じていました。それでも「なるようになる」と構えながら過ごしていました。初受診のことや、途中の体の変化については別の記事に詳しく書いています。([リンク:出血が続いた10日間の記事])
検査薬を使わなかったこと、病院にすぐ行かなかったこと——それは逃げではなく、2回の経験から学んだ自分なりの判断でした。
「くるならこいや」と構えられたのも、やけになったからではなく、コントロールできないことを受け入れる力が少しついていたから。
それをくれたのは、つらかった2回の流産でした。
同じような道を歩いている方の、何かひとつのヒントになれば嬉しいです。
稽留流産のこと、1回目・2回目の経験については別の記事に書いています。よかったら読んでみてください。(体験談①・体験談②)
※この記事は私個人の体験をもとにしています。妊娠・流産の経過は個人差が大きく、すべての方に当てはまるものではありません。